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読むことについて

本や理学書を(僕が)読むことについての考察です。

 

1. 歴史系や社会学系の本は、面白そうと思うのに読めない。何故か。

前提知識がないから。

かっこつけて丸山眞男を読もうとしても、世界史日本史地理公民何もかも知識が足りないから読めない。

もっと簡単めな本を読めばいいのかも知れないけど、そういうのを読みたいと思ったことはない。終わり。

 

2. 理学書を高2の頃から読んで来て分かったこと。

昔の僕「普通の本を読むようにさらさら読んでて、途中までは何となく分かった感じがするんだけど、あるところでとたんに読めなくなる」何故か。

本当は何も分かっていないから。

清水明の『熱力学の基礎』という本にこういう問題がある。

問題1.4 この小節の議論の内容を,最初の2つの式だけを見て,自分のスタイルでくりかえせ。

更に続いて注意書きがあって、

注意:以後もこのような設問が出てくるが,丸暗記してくりかえせという意味ではない.自分が理解した内容を自分なりに書き出してみよ,ということである.そうやって自分の言葉でテキストを書くことが,理解に至る最良の路である.

と書かれている。この本自体は高3の今よりアホな頃に読んだから隅々まで内容を覚えている訳ではないが、この教科書からノートを無駄に使うようになった。

重要な式もそうでない式も大体導出はノートに書く。写す時もあるし、自分で行間を埋める時もある。とりわけ重要そうなものは、そらで書けるように頑張る(頑張っても忘れちゃうことが多いけどね)。当然かなりハイスピードでノートが消えるし、実際この冬休みで既に4冊目。

それでも、そうすると、分からないところはあるにしても、分かった気になって分かっていないということはまず殆どなくなる。分からなくなるにしてもどこまで分かっていて、何で詰まってるのかが分かるから、何をすれば分かるようになるかが分かる。俺は自分が何を分かっていないかを分かって何を分かれば分かるかが分かるぞ、と。

めっちゃ賢い人は式を何回も書かなくても、教科書に書き込むだけで頭に入るのかも知れないけど、残念ながら僕は何度も議論の流れを確認しながらじゃないと、ゴールにたどり着いてもピンとこない。ただ、必死に頭を整理して式を追いかける分、興味深い結果にたどり着けた時の喜びもひとしおで、そこは天才さんには感じられない楽しみなのかな、とか思ってみる。

 

3. おまけの話もついでにします。

夢に声優がよく出る。手を繋いだり(田中美海)、チョコをくれたり(伊藤美来)する。「声優とのプライベートな関係」というのが肝っぽい。

最近教科書がどれも難しくなってきてあまり進みが良くない。何かやり方を変えた方がいいかも知れない。

読んでるみなさんはどんな勉強法がお好きですか。コメントしてください。